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33歳の振り返り: 1LDKの世界で「外乱」を愛でる

この記事は、AIを一切使わず、namaoziが完全手動でタイピングし書いている。

こんなことを前置きしたくなるくらい、2025年は生成AIの進化により、仕事のやり方が大きく変わった1年だった。仕事で生成AIを使わない日は無いほど頻繁に使用するようになったし、構造化された文章も数分で作成できるようになった。もはや、人間(もちろん私も含む)が書いた文章は読みづらいな・・・と感じることもあるくらいだ。

namaoziです。今年も1年の振り返りの記事を書きます。人生の記録として率直な気持ちを残すためにも、AIなしで手動で書いています。

2024年は全般的に非常につらい1年だったのに比べ、2025年は仕事も私生活も恵まれた1年だったように思う。

特に、2024年10月から私は社内転職し、エンタメ事業から教育事業へと別事業で働くことにしてから、仕事生活は一気に好転した。

私生活も主だってつらいことはなく、日常生活を楽しめたと思うし、音楽活動もある程度行うことができた。夫婦仲もある程度良好だったと思う。

総じていい1年であった2025年、それぞれの側面で振り返ってみようと思う。

 

 

仕事

先述のとおり2024年10月から社内の別部署に異動し、全くの異業種で働くことになった。

私はエンタメ事業のweb開発におけるエンジニアとディレクターを担ってきたが、教育事業となると全く前提は変わってしまい、うまくいかないこともあった。業務量も以前より増え、忙しい日々を送るようになった。

それでも、ディレクターとしての経験を活かし、「人を動かし仕事を進める」を念頭に1年間働くことができた。

 

今の私はエンジニアとディレクターを兼ねたようなポジションにいるのだが、ここまでエンジニアとディレクターの両方の業務経験、さらには新規事業に関わった経験がなければ、現在の業務には歯が立たなかったと思う。

同じ会社に長年居座り、ここまで迷いながらもいろいろな経験をしてきたのが、ついに報われたと感じている。

以前のブログで書いたように、私は30歳手前でエンジニアを1度やめたが、この選択をして本当によかったと思っている。

仕事については、今後もみずから動き、常にチャンスを探せるような状態でありたいと思う。

 

一方で、最近仕事においてあまり勉強をしていないなと感じるときもある。開発作業を行うエンジニアとしての仕事はほとんどしなくなり、最新の開発には追いつけていないし、プロダクトマネジメントの面でプロダクトをどう進めていくか?についても、実際のところ知識が少ない。

いまのうちはなんとかなっているが、さらに自分の幅を広げるためにはどうすればいいか?を意識しながら働いていきたい。

 

私生活

カメラロールを振り返ってみたところ、妻と毎週こまごまと散歩や近所に出かけた写真や小旅行の写真などが残っており、何かを成し遂げたわけではないが、穏やかで楽しい日常を過ごせたと思う。


カラーリング(染髪)

今年のトピックを考えていたら、そういえば人生で始めてカラーリング(髪を染めた)ことを思い出した。

きっかけとしては、妻がカラーリングしているのを見ていいなぁと思ったこと、
加えて、結婚してしばらく経ち、髪を染めてもまあ義家族の印象も悪くなることはないだろう・・・くらいの気持ちだったように思う。

今年は数カ月スパンで髪を染めてみたのだが、これがなんとも楽しい。毎回微妙に違う色の仕上がりになり、どんな色になるのか事前にはあまり想像がつかないのだ。自分の見た目が多少なりとも変わることに、今までにない楽しさを感じている。

 

美容院に行きカラーリングしてもらうと、美容師さんに「なんでいままで染めなかったんですか?」と何度か聞かれた。

それに対し、私は「海外旅行したことない人ってけっこういるじゃないですか、それと同じだと思います」と答えた。もちろん海外にぼんやり行きたいと思っている人もいるだろうが、結構な割合で、海外に行くという "選択肢自体を持っていない" 人が多いと思う。私もカラーリングに対しては同様で、まず自分の行動の選択肢に入っていなかった。

 

私は、だんだん歳を取ってきたからか、自分の中から出てくる選択肢より、なにかをきっかけにして半ば強制的に選択肢が増える瞬間というのに快感を覚えるようになってきており、その"きっかけ"を大事にしている。
私はこれを「外乱を加える」と呼んでいて、今後もあらゆる刺激を探し、適切に取り入れ、意識的に自分の選択肢を増やしていきたいと考えている。

 

音楽活動

今年は音楽活動もある程度充実できた。春M3も秋M3も出展し、無料配布のみではあるが、自作曲を頒布し、音楽仲間たちとも交流できたし、クリエイターとしての気持ちも少しだけ思い出すことができた。

 

 

そして、なんといっても今年は自作の歌を1曲制作することができた。私にとっては7曲目の自作の「歌」になる。

私が歌を作るには、少なくとも2ヶ月間の自由時間をほぼ全て捧げる必要があり、なかなかの覚悟が必要なのだ。

一方で、AIが進化した現代では、AIを駆使すれば、楽曲をある程度形にすることはそれほど労力がかからない。

そのため、私はこれまで、自分で作る歌については「この歌を作れたら死んでもいい」と思える曲しか作らないようにしていて、とにかく心血を注いで楽曲を作っている。

音楽があまりにもありふれている現代で、私のような技術もない素人が作る歌に唯一意味を見いだせるとしたら、それは個人の思いが溢れた「思いの結晶」の歌だと思う。

今回も、たくさんの思いを込めた楽曲を制作できた。歌は妻に歌ってもらい、共同制作者として NO.1P さんに作曲・編曲で大いにご協力いただいた。この場でも厚く御礼を申し上げたい。

 

さきほど「この歌を作れたら死んでもいい」という曲しか作りたくないと書いたが、一方で今後の人生でさらに何曲も作っていくなら、だんだん気持ちが変わってくるだろうとは思っている。

しかし、28〜32歳頃までの私の偽らざる気持ちとして「この歌を作れたら死んでもいいという曲しか作りたくない」と思っていたので、ここに書き残しておきたい。

また、今回制作した楽曲は以下の10曲目に収録されているので、チェックしていただけると幸いだ。

motaku.booth.pm

視聴はこちら

資格

おまけ程度ではあるが、資格ではビジネス会計検定3級に合格した。1ヶ月程度の勉強期間で気軽に受験でき、なおかつ企業のお金について学べる資格で、かなり満足度も高かった。

情報処理技術者試験の高度試験など、難しい資格にも憧れる一方で、それらへの準備は尻込みしているのが実情で、楽しめる小さな資格を取っていくか、腰を据えて高難易度の資格を目指すか、ずっと悩んでいる。

語学

最近の私の趣味は「duolingo」と言っても過言ではないほど、duolingo、もとい語学に熱中している。
duolingoは2年前に始めてからすでに600日以上継続しており、課金して有料プランを使っている。
2025年の1月から11月までのレッスン時間の総計は約50時間で、これはもう趣味といっていいだろう。

www.duolingo.com

最初の1年ほどは毎日義務感に駆られながらタスクをこなすような感覚でduolingoをやっていたが、ここ半年はモチベーションのレベルが上がり、英語・韓国語・スペイン語・イタリア語を主に学習している。

私はもともと中学生から韓国語を覚えはじめて韓国語への興味は人一倍強く、英語も嫌いではないし旅行でもっと使えるようになりたいし、スペイン語も音楽活動の一環で触れたこともあり分かるようになりたい。さらにイタリア語は今後の旅行で使いたい、などなど各種語学学習へのモチベーションが爆発している。

目下、2026年は英語圏の国への海外旅行を計画中なので、duolingoだけでなく英会話も練習中で、AI英会話アプリや Gemini を相手に壁打ちしながら学習している。

国語学習はここ数年継続的に行っていて、とくに YouTube でバラエティ番組やニュース、それから語学学習向けの podcast などを視聴していて、いわゆる座学はほぼしていないが、いろんな種類の教材に触れて実力を鍛えようとしている。

2025年5月には韓国にも行ったのだが、そこで店員さんとの会話で「言葉の通じない外国人」として見られたのがかなりショックな体験として心に刻まれている。これをバネに今後も学習を続けていきたい。


さて、いくつかの言語を学習していると、思わぬところで相互作用が発生し、気づかぬうちにスキルアップしているのを感じることがある。
たとえば、2024年から ELSA Speak  というアプリで英語の発音を学習し矯正していたのだが、それが英語のリスニング力だけでなく、韓国語のリスニング力の強化にも繋がっていると感じている。

 

 

韓国語のリスニングは長年課題を感じていた部分で、教科書的な会話は聞き取れるものの、もっと砕けた実際の会話がなかなか聞き取れないと思っていた。

それが、英語の発音を矯正し、ミクロな視点での発音・発話についての理解を深めることで、自分のなかでの発音に対する "解像度" が上がり、言語を問わずに聞き取りがしやすくなってきたのだ。

 

言語学習は終わりがない趣味として、今後もまだまだ楽しんでいきたい。

 

今後の人生

さて、私は現在33歳。2027年には35歳になり、程なくしてついにアラフォーへとライフステージが進んでしまう。

ここ数年、生活は安定し、楽しい日常を送れているが、私が目下考えねばならないのは以下の2つの問題だ。

 

1つめ: 住環境

いまは1LDKに2人で住んでおり、特に不満があるわけではないのだが、私たちのそれぞれの部屋があるわけでもなく、私は自分の本の置き場に苦慮し、音楽制作に集中する時間を作ることも難しく、そういった面を改善したいと思い続けている。

そろそろ不動産の購入も視野にいれなければ…と思うものの、金額も大きく、必要な工程も多いことで、考えも行動も進んでいないのが現状だ。

まずは家についてもっと勉強せねばと思い、家のお金についての本や、どんな家を持つべきか?の本を購入したので、これを読んで知識を得るところから始めねばと考えている。


2つめ: 家族

私たちは現在子どもがいない。今後もし子どもをもうけたいなら、さまざまなアクションを起こさねばならない。

まずは、兎にも角にも、夫婦の人生をどうしていきたいか、妻と深く考え、方針を決めなければならない。

この問題について、私自身は一定の結論を得てはいるものの、私個人ではなく、夫婦で考えなければならない。そのために、まずはいままでより一層この件について調べ、知識をつけ、互いに話合っていかねばならない。

 

この歳になっても、いつも疑問に感じてやまないのが、家族観も変わり個人主義となった現代、それでも少子化とはいえ2人に1人は子どもを持つ世界で、いったい世の中の人達はどうやってこんな重大な決断を若いうちに行っているのだろうか?ということだ。

子をもうけたあと、子育てについては盛んに世間で語られているが、法律を見ても、書籍などの情報を見ても、この「家族計画」的な部分はエアポケットのようにぽっかりと空白になっているように私には感じている。

それだけ、人間に許された究極の本能でありエゴの発揮、最後の聖域的な行為が生殖なんだろう… と今の自分は思っている。


おわりに

今後の人生で共通して感じているのが、このままの生活を続けていると、生活は変わらない、という私たちの実感である。

繰り返しになるが、いまの生活は楽しく、特段不満もない。幸せだと思う。

しかし、このまま何もしなければ、いまのままの生活から大きく変わらないまま、少しずつ老いていく、ということが痛いほど分かってきた。

当たり前かもしれないが、何もしなければ1LDKの生活は1LDKのままだし、2人の生活は2人のままだ。

私たちの人生には、部屋がいくつ欲しいんだろうか。第三の家族成員が欲しいんだろうか。

 

自分の人生の未来を作っていかなければならないと強く思いながら、2025年の締めくくりとします。